鍼灸の不思議さを貫くもの

鍼灸の不思議さを貫くもの

鍼を打つたびに、いつも少しだけ空気の流れを感じる。


体の上に手をかざすと、そこに静かな気配がある。


鍼灸というのは、不思議なもので、「治す」というよりも「整える」という感覚が近い。

と、思う…

痛みを訴える場所は、固く、冷たく、動きを忘れている。


一本そっと入れると、体がそれを合図に少し動き出す。


呼吸が深くなったり、肩の力が抜けたり。


その小さな変化の積み重ねが、やがて調子を戻していく。

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ある患者さんは、何年も眠れなかった。


足に一本だけ鍼を置いた。


数分後、目が少し潤んで、頬の色が変わった。


「なんだか体があったかい」と言ったその声を聞いたとき、ああ、身体が動き始めたなと感じた。

そういう瞬間があるから、この仕事をやめられない。

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鍼灸の面白さは、結果がすぐに目に見えないところにある。

でも、確かに、体の奥で何かが動いている。


それは機械のような反応ではなく、人の持っている回復の力そのものだと思う。

私は鍼を打っている間、あまり話をしない。


静かな空間を創造したい。


音もなく、呼吸だけが部屋を満たしているとき、身体が自分の声を聞き始める。


そのときの纏う空気は、少し柔らかい。

鍼灸師の仕事は、何かを足すことではない。


余計な力を抜いて、身体の流れが戻るのを見守ること。


強く押したり、急がせたりすると、本来のリズムが壊れてしまう。


だから私はできるだけ静かに待つ。

治療が終わって、針を抜くと、肌の温度が少し高くなっている。


そこに血が通い、体の中で“生命”がまた動き出している。


その温かさを感じるたびに、鍼灸って本当に不思議だなと思う。

科学で全部説明できるわけじゃないけれど、目の前の変化を見ていると、確かに体は「思い出している」と感じる。


本来の自分の状態を。

鍼灸は、体の流れを整える仕事であり、同時に、その人の人生の流れを少しだけ変える仕事でもある。


痛みが取れるだけではなく表情や声のトーンが変わり、思考や感情までもがきっと少し軽くなる。

それを間近で見るたびに思う。


人間の体は、想像以上に深く、正直で、優しい。


そして、それに触れられるこの仕事は、やっぱりよいものだと思う。

鍼灸は、何かを信じるとか祈るというより、人の“自然”に寄り添う仕事だ。


体が自分を取り戻す瞬間を、そっと見届ける。


それだけでもう十分だと思う。

著者プロフィール 飯島 隆行(いいじま たかゆき)

群馬県伊勢崎市『くにさだ鍼灸整骨院』院長

医師に見放され、長い後遺症の経験から、「命の尊さ」と「信じる力」を大切にする鍼灸師。
経絡治療を得意とし、東洋医学の養生法でアドバイスする。

東京自由が丘 脈診臨床研修会所属 認定治療院

飯島 隆行

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