静けさは、止まることではなく戻ること

静けさは、止まることではなく戻ること

― 40歳という節目に見えてきた「道」と「量子の静寂」―

40歳を迎えて、ようやく「止まること」の意味がわかってきた気がします。

若いころは止まることが怖くて、動き続けることが成長だと思っていました。

努力し続ければ道は開ける、止まったら終わる、そんな焦りが心のどこかにありました。

けれども、日々人の身体に触れ、息づかいや鼓動の微かな変化を見ていると、ほんとうの回復は「止まった瞬間」に起こるのだと気づくのです。止まるというのは、何もなくなることではなく、自分の中心へ「戻る」ことなのだと。

私たちは外の世界に合わせようとしすぎて、いつのまにか自分の呼吸を忘れています。

仕事、家族、情報、比較——すべてが自分を外へ引っ張る。

だからこそ、静けさを取り戻す時間が必要です。

静けさとは、世界を拒むことではなく、世界ともう一度繋がるための余白です。

院の朝は静かです。

ドアを開けたときの空気は少し冷たく、昨日の気配がまだ残っています。

モップを動かしながら、その気配が薄れていくのを感じると、空間が息を吹き返すように思えます。

動いているのは私の手だけれど、ほんとうに動いているのは空気のほうです。静けさの中には、見えない流れがある。老子が言う「静は動の根」という言葉の意味が、最近になってようやく体でわかってきました。

量子の世界でも、静止している粒子は存在しません。

どんな物質も常に微細な揺らぎの中にあります。つまり「静けさ」とは停止ではなく、目に見えないほどの小さな動きの調和なのです。

私たちの身体も同じです。治療のとき、力を抜いて手を置くと、皮膚の下で血の流れが静かに波打ちます。その波が整うとき、痛みや緊張が溶けていく。

動かすのではなく、流れを思い出すのです。

現代物理学では「観察者効果」という現象があります。

観測するという行為そのものが、粒子の振る舞いを変えるという法則です。

私が施術で感じるのも、それと似ています。

こちらが「治そう」と思えば思うほど、身体は抵抗する。

でも、ただ観て、受け止めようとすると、身体は自然に緩んでいく。

意識が場を変える、東洋医学でいう「意は気を導く」と同じ理です。

私たちの意識は、静けさの中で最大の治癒力を持つのかもしれません。

人の心もまた、波と粒のように変化します。

怒りや悲しみを「こうあるべき」と形に閉じ込めると、心は固くなり、流れを失います。

けれども、それを一歩引いて見つめると、感情は再び波に戻り、やがて自然に消えていく。止まるというのは、この波の状態に戻ること。

固まったものを、もう一度動ける状態に戻すこと。

私は施術を「何かを加えること」ではなく、「余分を取り除くこと」と考えています。

整えるとは、足すのではなく減らすこと。

減らした先に残るのは、もともとそこにあった自然の流れです。

人は壊れているのではなく、ただ流れを忘れているだけ。

だから治療とは、思い出させる作業なのです。

量子場(フィールド)理論では、宇宙に存在するすべてのものは一つの場の中で振動していると言われます。

星も人も風も、その場の異なる波です。

東洋思想で言う「道(タオ)」も、まさにこの“場”のことではないでしょうか。

目には見えないが、すべてを貫く流れ。そこに逆らわずに生きることが、「道に沿う」ということです。

私は治療家として、人の波を整え、もう一度その人自身の道につなぎ直すお手伝いをしているのだと思っています。

静けさを保つことには勇気がいります。

周囲が動いているとき、自分だけ立ち止まるのは怖い。

けれども、静けさを選べる人は強い人です。動かないということは、信じるということ。

水面が澄んでいなければ底は見えません。

人の心も同じです、静まったときにしか、本当の自分は見えない。

水は止まって見えても、その分子は絶えず動いています。

静けさとは、動きが消えた状態ではなく、最も調和した動きの姿です。

黄帝内経に「虚静為保命之本」とあります。

心を静かに保つことが、命を養う根本。焦りや比較を手放して静かに在るとき、身体のリズムも自然に整っていきます。

止まることは終わりではなく、始まりです。

戻るとは、自然に還ること。患者さんに「無理に変わらなくていいですよ。戻ればいいだけです」と伝えるとき、それは自分自身への言葉でもあります。変わるよりも、戻る。新しくなるより、自然に戻る。

それが、本当の回復の姿です。

量子の世界では、真空は「何もない」のではなく、無限の可能性が満ちた場とされています。東洋で言う「空(くう)」も同じです。何もないように見える静けさの中に、すべての始まりがある。だから静けさを恐れる必要はありません。静けさの中には、未来を生み出す力が眠っているのです。

繁栄とは、外へ広がることではなく、内側が満ちること。

40歳になってから、それを実感するようになりました。若いころは「積み重ねる」ことばかり考えていましたが、今は「手放す」ことの中に豊かさを見ます。足りていることを知るとき、人は安心します。静けさは、その「足りている」を思い出す時間です。

私はこれからも、この場を、人が自分の静けさを取り戻せる場所として育てていきたいと思います。施術の中でも、言葉の中でも、空間の空気の中でも、人が「戻る」きっかけを感じられるように。

静けさとは、止まることではなく戻ること。

すべての生命が、自然のリズムに還っていく動きです。

粒子が波に戻るように、人もまた自分の本来の流れへと還っていく。

その瞬間、身体も心も、そして世界も、静かにひとつになります。

著者プロフィール 飯島 隆行(いいじま たかゆき)

群馬県伊勢崎市『くにさだ鍼灸整骨院』院長

医師に見放され、長い後遺症の経験から、「命の尊さ」と「信じる力」を大切にする鍼灸師。
経絡治療を得意とし、東洋医学の養生法でアドバイスする。

東京自由が丘 脈診臨床研修会所属 認定治療院

飯島 隆行

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